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2015.06.12 Friday

反竜伝記 完結編 第二部 最終話 反竜伝記

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    「……ロムッ!!」
    そこに立っていたのは、間違いなくロムだった。
    言うことを利かない身体に鞭打ち、しっかりと大地に­をつけて立っている。その目は険しく、そして澄んでいた。
    「愚かなことですね。その消耗しきった身体でなにができると? 今のあなたは、立っているだけで精一杯でしょうに?」
    「そうでもないさ」
    ロムはそういうと、震える手で天空の剣を構えた。リュカの目から見ても、それは明らかなやせ我慢だった。ゲマのいうとおり、今のロムは立っているだけでもつらいはずなのだ。
    「ほっほっほ、さすが勇者。その心意気は見事なものです。感心して、涙がでそうなほどですよ」
    ゲマは嘲笑しながら言う。
    「……そして、知っていますよ。ロム、あなたが天空の勇者の中でも希有な存在ということを。おそらく、歴代の勇者の中でも一、二を争うほどのね。もし、あなたが人間の身体ではなく、それこそ神のような強靱な肉体をもって産まれていたら、この私でも勝てなかったでしょう」
    ゲマはおおげさに、ゆっくりと頭を振った。
    「人間の身体に産まれた自分を、後悔しながら死んでいきなさい!」
    ゲマがメラガイアーの呪文を放つ。
    強大な紅蓮の火球が、ロムにめがけて襲いかかる。
    ロムはカッと目を見開くと、もてる力の全てを総動員して、天空の剣をメラガイアーの火球めがけて振り下ろした。
    だが、斬れない。
    刃は炎に食い込んだまま、その勢いを止めてしまった。
    じりじりと、炎がロムの身体を焦がしていく。
    「くっ!」
    「もうやめろ、逃げろ、ロム!!」
    悲鳴に近い声で、リュカが叫ぶ。
    だが、ロムは一歩も引かない。
    「ほっほっほ、いつまで保ちますかな?」
    愉快そうに、ゲマは下品に笑う。
    「ロム、先にさよならを言っておきましょう。あなたは本当に強かった。今後、あなたを越える勇者は決して現れないでしょう。たとえ、この世界に再び別の勇者が転生したとしても、ね。あなた以下の勇者など、いくら現れても全く脅威ではない」
    「もう勝った気でいるのか、少し気が早いんじゃないのか!」
    ロムはそう叫びながら、渾身の力を振り絞る。だが、それでも形勢は明らかに不利だった。あと少しで、炎がロムの身体を呑み込む。
    「ふっふっふ、ロムとその仲間達を葬った後は、地上に残った人間たちを皆殺しにする。その上で、天界をも滅す。全てを死の世界に変えてくれよう! ヒャー、ヒャヒャハッ!! なんという、素晴らしき世界だ!!」
    すでにゲマの表情は常軌を逸していた。否、これこそ、彼の本性そのものなのだ。
    そして、ロムが必死に応戦する様を、フィア達はただ見ていることしかできない。
    「こ、このままじゃ、このままじゃ……」
    瞳に涙を溜めて、フィアは固唾をのんで見守ることしかできない。
    (なにか、できることはないの? 私に、なんでもいい、なにか……!)
    心の中で悲痛な思いを叫ぶ。
    その時だ。
    ハッと、頭の中で何かが過ぎった。
    「そうよ! 母さん! あれがあったじゃない!」
    フィアが叫ぶ。
    その声に、フローラも思い出す。
    そうだった。ブライに持たされたものがあったじゃないか。
    フローラは急いで懐の道具袋から取り出した。世界樹の雫と呼ばれる霊薬を。
    「け、けど、フィア。これ、今のロムにも効果があるの?」
    アイメルが不安げに訪ねる。
    「それでも、なにもしないよりはマシじゃない!」
    「……えぇ、そうね!」
    フローラは頷くと、瓶のコルクを引き抜く。
    世界樹の雫は対象に振りかけるだけで効力を発揮する。
    ならば。
    「フローラ、その瓶をロムの頭上めがけて投げろ!」
    ライオスが叫んだ。その手には、小振りの投げナイフ。すぐにライオスの意図するところを理解したフローラは、思いっきりその小瓶を投擲した。
    小瓶は曲線を描きながら、ロムの頭上を飛ぶ。
    「……今だ!」
    ライオスはその小瓶めがけて投げナイフを投げた。
    パキィィン、と、金属音と共に瓶が四散し、中に貯まった液体が溢れ出る。
    「これで!」
    四散した世界樹の雫が、ロムの身体全身に降りかかる、はずだった。
    だが、
    その液体は、ゲマが発したもう一つの火球によって一瞬で蒸発してしまう。
    「あぁ!」
    絶望の声が響く。
    「ほっほっほ、あなた達の目論見などとっくにお見通しでしたよ! すでに肉体を失っているロムに、世界樹の雫が効果があるとは思えませんが、万が一ということもありますからね」
    「くっ! 万事休すか」
    力なく、ライオスは膝を落とす。
    「そこで勇者が死ぬのをじっくり見ていなさい。ぬぅうううん!!」
    ゲマがさらに魔力を込める。
    ばくんっ、とメラガイアーの炎がさらに肥大化する。
    膨れ上がった炎は、ロムの身体を容赦なく呑み込んだ。
    「ロムーーーーー!!」」
    それは誰の悲鳴だったのか。
    それを確かめる術もなく、ロムの意識は闇に落ちていった。




    紅蓮の炎がようやく掻き消えた時、そこにはロムの姿はどこにもなかった。
    ただ、プスプスと焦げる何かが床に散らばっているだけだった。



    ……僕は、死んだのか。
    暗く、冷たい空間に、ロムは浮かんでいた。
    見渡す限り、なにもない。それは、例えるならば星のない宇宙。完全なる闇。
    いや、何ががある。
    ロムの目の前に、白銀に輝く荘厳な扉が構えていた。
    それが、冥界へと続く門だということを、彼は無意識に理解していた。
    「よくきた。天空の勇者よ」
    その声は、ロムの頭上から聞こえてきた。
    はっと見上げると、いつの間にか、扉の上には白い竜の姿があった。
    神々しいオーラを全身から放つ、その聖なる竜の名前をロムは知っていた。
    「ま、まさか、あなたが……」
    「そうだ、私の名はマスタードラゴン。かつて、神としてこの世界に君臨せしもの」
    白き竜は、慈愛の眼差しでロムを見つめる。
    「あ、あなたが、マスタードラゴン」
    ロムはしばし呆然と神の姿を見つめていたが、
    「ど、どうしてここに? い、いや、なぜ今まで僕たちの前に姿を現してくださらなかったのですか! 今、地上は……」
    「そのことについては、深く謝罪するしかない。すまなかった」
    神であるマスタードラゴンは、言い訳はしなかった。
    「……い、いいえ、申し訳ありません。出過ぎたことを」
    ロムは自分の非礼さに気づき、萎縮する。
    「……ロムよ、マスタードラゴン様をどうかお責めにならないでくれ」
    その声は、どこからともなく響いてきた。
    それは、ブライの声。
    「ブライ様! どこにいるのですか!」
    ロムは周囲を見渡す。だが、そのブライの姿はない。声だけが頭に直接響いているのだ。
    「ロムよ、わしは今、念話で声だけを冥界に送っておる。おぬしに、真実を伝えるためにな」
    「真実……?」
    「そうだ。なぜ、マスタードラゴン様が今まで地上にお姿をお見せできなかったのか。そのわけをな」
    「いったい、どんな事情があるのですか?」
    「実際、みた方が早い。マスタードラゴン様」
    「うむ」
    マスタードラゴンは、目をカッと見開いた。
    突如として、闇が晴れる。
    そして、扉の向こう側に現れたもの……そこにいた者に、ロムは愕然とした。
    それは、形容しがたい化け物だった。
    マスタードラゴンの二倍近い背丈を持つ、異形の化け物の姿がそこにあった。
    「こ、これは……」
    「こいつを封じているがために、私はここを離れることはできぬのだ」
    「な、なんなのですか、この化け物は……」
    ロムは全身に悪寒が走るのを感じていた。
    この化け物の全身から放たれる邪悪な気の強さはなんだ。それは、神と同等か、それ以上の存在だから発せられる気に他ならない。
    「こやつは、ゾーマ。全ての悪の元凶じゃ」
    「……ゾーマ!!」
    「そうだ。かつて、こことは異なる世界に光臨した災悪の王。それがこの、ゾーマだ!」
    マスタードラゴンは語った。かつて、ゾーマはこことは別の世界、異世界に現れ、その地を完全なる闇に閉ざし、意のままに支配したという。ゾーマに立ち向かった勇者も、ことごとく破れ、その世界はとうとう崩壊してしまった。
    次なる標的を求めて、ゾーマは、この世界へとやってきたのだ。
    その存在をいち早く察知したマスタードラゴンだったが、ゾーマの力は強大だった。彼は自らを犠牲にして、ゾーマをここ冥界に封じ込めるしかなかったのだ。
    その隙を突いて世界を支配したのが、光の教団だったのだ。
    「ゾーマのことを、イブールは最後まで知らない様子でした」
    「うむ。そうであろう。やつは踊らされていたに過ぎぬ。本当の黒幕はゲマじゃ! やつはもともと、この世界の魔族ではない。マスタードラゴン様に封印される際に、ゾーマが作り出した駒なのじゃ。もっとも、奴本人は自分がなぜこの世界を支配しようとしているかは気づいてはおらぬ。ゾーマによって精神支配されていることすら知らないのじゃ。そういう意味では、やつも哀れな存在と言えよう……」
    「そうだったんですか……くっ、それなのに、僕は敗れてしまった……」
    ロムは力なく、項垂れた。
    ゲマのあの力の強大さにも、悔しいが納得がいった。彼はマスタードラゴンでさえ圧倒したゾーマの分身なのだ。
    「……ロムよ、諦めてどうする。ゲマを倒せるのは、お前だけなのじゃぞ」
    そう、ブライが言う。
    「しかし、僕はすでに死んでしまいました」
    「……死んでなど、おらぬ」
    マスタードラゴンが言った。
    「そなたはダメージを受けた時の衝撃によって、自分が死んでしまったと思いこみ、魂が冥界へととばされてきただけにすぎぬ」
    その説明を、ロムはぽかんとした顔で聞き入っていた。
    「つ、つまり、ぼくは、まだ死んでいないということですか? で、でも、僕にはもう、天空の剣を振るう力も満­に残ってはいません……」
    「確かに、今のお主は満身創痍の状態。このままの状態で再戦しても勝機はあるまい。だが……」
    マスタードラゴンは言いよどんだ。この先を伝えてよいものか。
    だが、彼も地上を守護する神の一人。心を鬼にして伝えた。
    「お主の身体に、再び活力を与える方法が、ないわけではない」
    「ほ、本当ですか!」
    ロムはその言葉に飛びついた。
    「そなたに、私の気を直接送り込む」
    「マ、マスタードラゴン様の……そ、そのようなことが可能なのですか」
    「元々、そなたたち勇者は、私の力の一部を元にして産まれてきたのだ。ならば、この私の気を使い、それを補うことは不可能ではない」
    その話が本当なら……
    「お、お願いです、マスタードラゴン様、どうか、僕に……!」
    「……だが」
    マスタードラゴンは大切なことを伝えるために、あえて言葉を遮った。
    「それは、劇薬でもある。結果的に、お主の命を著しく縮めてしまうやもしれぬぞ。いや、よしんば成功したとしても、お主の魂は神の力に耐えきれずに崩壊してしまうだろう。そうなれば、もはや二度と生き返ることも、転生することもできぬ。それでも、よいのか?」
    ロムは、息を呑んだ。
    ……どちらにしろ、待っているのは、破滅。
    彼は震える拳を一度、ぎゅっと握りしめた。そして、しばらくして、ゆっくりと力を抜き、深く息を吐く。
    そして、顔を上げた。
    「……構いません。僕は、この世界を守る、天空の勇者です。僕は、世界を守れる存在、勇者である自分を、本当に誇りに思っているんです。それは、ただ勇者として産まれたからだけではない。勇者の遺伝子に従ったからではない! 本当に、父さんや母さん、フィア、アイメルが暮らすこの世界が好きだから!」
    ロムが瞳に涙を浮かべながらも、笑顔でそう言った。
    マスタードラゴンの瞳が、神々しい光を発する。
    その光を浴びたロムの身体が、目映く光り始めた。
    すると、身につけていた天空の剣が、盾が、鎧が、兜が、ゆっくりとロムの身体に溶け込んでいく。
    「お、おぉ、これは……!」
    ブライが目を剥いてその新しい姿に釘付けになる。
    そこにいたのは、ある意味、勇者の極限進化とも言うべき存在だった。
    「さぁ、いくがいい。己の大事な人達のために、ぞんぶんと腕を振るうが良い。悔いの、ないようにな」
    「……はいっ!」
    ロムは力強く頷くと、ルラストルの呪文を唱えた。
    ビシュン、と彼の身体が空間から掻き消えた。




    一方、その頃。
    「ロムは死んだッ、これで、もう、私に刃向かえる者はいなくなったのだっ!!」
    最大の障害であるロムを葬ったと思い込んだゲマは、狂気を含んだ高笑いを上げていた。
    「これで、私に抵抗できる人間は完全に消えた! もはや、誰にもこの私の破壊を止める者はいないというわけだッ! なんたる歓喜! 体中から、邪気があふれ出てしまうほどのっ!」
    「くっ……! ロムッ」
    リュカは、地面に伏したまま、無念に地面を叩いた。
    何も、できなかった。
    父親として、とうとう何もしてやることができなかった。自分の無力さと、失ってはいけない者を失ってしまったことへの虚無感に襲われる。
    それは、フローラも、フィアも、その場にいた者全員が同じ気持ちだった。
    「私達の、命運は、尽きた」
    ライオスは吐き出すように言った。その手から、デーモンスピアがこぼれ落ちる。
    わかっているのだ。後に残されているのは、全滅の二文字のみだということが。
    「いいですねぇ、その絶望に満ちた表情……」
    余裕が生まれたからか、ゲマは元の公家口調に戻っていた。にたにたと、絶望に打ちひしがれた一行の様を見て笑う。
    「絶望から産まれる負の感情、これこそ、私の糧。なんという美味な味……」
    恍惚に満ちた表情で、ゲマは舐めるように言う。
    「……ま、まだだ、まだ、終わっていないっ」
    だが、まだ諦めていない者が一人だけいた。
    傷だらけの身体を引きずりながら、ゲマに相対するのは、アイメディスだった。
    「おやおや、アイメディス、まさか、この私に刃向かうというのですか? あなたと私は同志ではないですか」
    「ふざけるな。ロムを殺したお前を、私は絶対に許さない。叶わないまでも、せめて一太刀浴びせるまでは……」
    「やれやれ、想いを断ち切るために二人に分けたというのに、結局、あなたも女だったということですか。いいでしょう、かかってきなさい。こちらの方こそ、引導を渡して差し上げますよ」
    「……いくぞっ!」
    アイメディスが、最後の力を振り絞って、魔界の剣を構えた、その時だった。
    「待ちなさい、もう一人の私」
    彼女を止めたのは、他でもない、アイメルだった。
    「ア、アイメル」
    驚いて、彼女は別れたもう一人の自分を見つめる。
    アイメルの顔は、驚くほど穏やかだった。否、彼女は何か覚悟を決めたような、迷いのない表情をしていた。
    「あなた一人では、一方的にゲマになぶられるのがオチよ。その力の差に、気づかないあなたではないでしょう?」
    「だが、やるしかない、でなければ、勇敢に散っていったあの者に、申し訳が……」
    「それは、私も同じ気持ちよ」
    アイメルはアイメディスの肩に、そっと手を置いた。
    「アイメル……」
    アイメディスは不思議そうに呟くと、やがて、ふっ、と微笑した。
    「バカな話だ。ロムのことを諦めようとして、お前を自分の中から追い出したというのに、結局、私の中にもお前の持つ優しさや、ロムへの想いは残ってしまった。そして、それは日増しに強くなっていってしまった……」
    「アイメディス……なら、いいわね」
    そっ、とアイメルは手を差し出す。
    それは、再び、一つに戻ろうという、彼女の申し出だった。
    別れた互いの半身を、再び一つに合体させる。それしか、今のゲマに対抗する手段はなかった。
    だが、それは、どちらかの消滅を意味していた。
    アイメルの人格が残るかも知れない。その反対も。あるいは、全く違う自分が産まれる可能性すらある。
    それでも構わない、と二人は思った。どちらにしろ、最愛の人のいないこの世界に、未練などないのだから。
    「さぁ、アイメディス……」
    「アイメル……」
    なすがままに、アイメディスはその手を取ろうとする。
    その時だった。

    「だめだよ、そんな気持ちで一つに戻ったら」

    それは、幻聴だったのか。
    否、それは確かにロムの声。
    アイメルが、いや、その場にいた全員が、突如として現れたその姿に驚愕し、そして、歓喜した。
    そこにいたのは、紛れもなく、天空の勇者ロミュラム・エルド・グランバニアだったからだ。




    「な、なぜ、なぜだっ!?」
    真っ先に驚愕の声を上げたのは、家族でも、仲間でもない、宿敵だった。
    「なぜ、貴様が生きている!? 生きているはずがないっ」
    「僕ももうだけかと思ったさ。だが、冥界でマスタードラゴン様のパワーを貰って、こうして戻ってくることができたのさ」
    ロムの身体からは、強いオーラが漲っている。それは、ゲマの邪悪なオーラとは正反対の、白銀の、光のオーラだった。
    「マスタードラゴンだと!? えぇい、死に損ないの竜のパワーを授かったところで、この私の暗黒の力の前では……!」
    「はあああっ!」
    最後まで言わせず、ロムは猛然と駆けた。
    光を帯びた天空の剣の、強烈な一閃が走る。光の剣は、ゲマの腕を真っ二つに切断した。
    「お、おのれぇっ!!」
    残された片腕を、鋭利な刃に変えて、ゲマはロムに向けて振り下ろす。だが、その一撃を見切っていたロムは、天空の盾でそれを防ぐ。
    「止めだ、ゲマッ! 暗黒の世界へ帰れっ!」
    返す刀で、ロムはゲマを脳天から真っ二つに切り落とした。
    「グゲェェグガァァァァガァァァァッ!!!」
    言葉にならない断末魔の叫びと共に、ゲマの身体は左右に裂けた。
    「オ、オノレェ、アトスコシ、アトスコシデ、コノセカイヲ、死ノ世界ニデキタモノヲ……」
    両断された身体が、じょじょに崩壊していく中、片言の言葉で、ゲマは恨みの言葉を呟く。
    「オ、オ、オオオオオォォ!??」
    その時だ。ゲマの身体が、激しく痙攣し始めた。
    様子が、おかしい……?
    大きく空いた口、痙攣し、白目を?いた目。そして、穴という穴から、ドス黒い瘴気が全身に吹き出した。
    「なっ……!」
    その変貌に、さすがのロムも一歩後ずさった。
    「ナ、ナンダ、コ、コノ不快サハ……ワ、ワタシノナカデ、ナニカガ、アフレテクル……ク、クルシイ……タ、タスケテェェ……」
    ピクピクと痙攣しながら、ゲマの身体は肥大化していく。それは風船のように、大きく膨れあがった。
    その時だ。ゲマの口から、それまで聞いたことのない不気味な声が響いてきた。
    『ほう、こちらの世界の勇者も、なかなかやりおるわ』
    それは、ゲマの声ではなかった。
    「だ、誰だ、お前はっ」
    リュカが叫ぶ。
    『我が名は、大魔王ゾーマなり』
    「ゾーマ、だと……っ」
    それは、誰もが初耳の名だった。ロムを除いて。
    「お前が、異世界の魔王……ゾーマ……!」
    「異世界の魔王だと!?」
    反芻するライオス。
    「そうだよ。こいつが、全ての元凶だったんだ。ゲマも、本当はこいつに利用されていただけだったんだ。だ、だが、ゾーマはマスタードラゴン様が身を挺して封印しているはず」
    『その通り。忌々しい神の竜のおかげで、こうして念を送るのが精一杯よ。だが、それももうじき終わる。あと百年もすれば、この竜の封印を解き、下界に君臨するだけの魔力が溜まる』
    「なっ……!」
    ロムは驚愕した。
    あと、百年。つまり、マスタードラゴンの封印は、長くてあと百年しか持たないのか……
    『勇者ロムよ、今回はおとなしく引き下がろう。私とて、封印されている身では、これ以上の小細工を労することはできぬからな。だが、それも、人間の絶滅までの期間に猶予が与えられたと同じ事と知れ』
    「猶予だと!」
    『然り。そして、勇者ロムの力、我にとってさほど脅威ではない。貴様の力は、私が戦ったアリアハンの勇者の、せいぜい七割といったところ。恐るるに、­らず……!』
    「で、でたらめを言わないでよ!」
    フィアが叫ぶ。だが、ゾーマは嘲笑するのみだった。
    『そして、貴様の力は、もう……』
    「くっ」
    ロムは唇を噛みしめる。
    『ふふふ、魔王からすれば、百年も一時のことよ。人間達よ、残り少ない平和の一時を、我の復活におびえながら暮らすが良い。では、しばし、さらばだ』
    次の瞬間、大きく膨れあがったゲマの身体が、はじけ飛ぶように爆発した。
    「いけないっ!」
    ロムはとっさにフバーハを張って、爆発のダメージを最小限に抑える。
    爆炎と爆風がやがて収まった時、そこにはゲマの面影を残すものは肉片一つ残ってはいなかった。
    ゲマは、死んだ。
    リュカの産まれる前から策謀を巡らし、光の教団を影から操り、全てを意のままに動かそうとした男の、哀れな最期だった。


    そして……戦いは、終わったのだ。





    「み、みんな、無事か」
    フバーハの光が消えたのを確認して、リュカは周囲を見回した。
    「大丈夫です、ロムのおかげで」
    と、アイメル。
    皆、無事だった。皆大小の傷は負っているが、命に別状はない。
    「ゲマ、いや、ゾーマは?」
    「気配は消えました。おそらく、本当に念を送っていただけだったんでしょう」
    フローラは、ほっと胸を撫で下ろした。もし、ゾーマ本体と戦うことになっていたら、そう考えると、ゾッとする。
    「……百年後、奴は再び現れる」
    俯きながら、アイメディスは呟いた。
    「……そうね。でも、とりあえずは」
    アイメルとアイメディスは、互いに見つめ合い、ふっと笑った。
    そうだ。勝ったのだ。自分たちは……!
    「ロム、私達、とうとう……」
    アイメルが、ロムが立っていた方角を振り向く。
    そして、唖然とした。
    彼は、前のめりに倒れていたのだ。

    「ロムッ!!」

    驚いて、その場にいた全員が彼に駆け寄った。
    その顔には、生気はなかった。
    苦痛の表情を浮かべるでもなく、ただ安らかに眠っているようにも見える。だが、その身体は半分透けていた。
    「ロム! しっかりしろ! おいっ!」
    リュカが、必死に彼の身体を揺さぶる。だが、ロムの意識は戻らない。
    「ど、どうして、どうしてだ! ゲマは、お前が倒したんじゃないか! それなのに……」
    「言ったじゃろう。ロムは、マスタードラゴン様に一時的に力を与えてもらったに過ぎぬ、と」
    いつの間に現れたのか、ブライが目の前に立っていた。
    「ブライ様!」
    「その力も、ゲマを倒すために出し惜しみせずに一気に使い切ったのじゃ。ロムは……やつは、そういう男なのじゃ」
      ブライも、辛そうに顔を背けながら言った。
    「そんなの、そんなのってないよ!」
    フィアが、ブライに詰め寄る。
    「戦いが終わっても、ロムお兄ちゃんが消えちゃうなんて、そんなの、意味ないじゃない!」
    フィアは叫びながら、母フローラの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。フローラは何も言えず、ただ娘を抱きしめてやることしかできない。本当は、自分も泣きたいのに。
    「……そんなの、私は認めん。絶対に認めんぞ!」
    アイメディスが苛立つように地面を何度も拳で殴りつける。
    「こいつは、ロムは、今まで自分という個の存在を殺して、勇者としての責務を全うしてきた。その結果がこれでは、あまりにも……むごいじゃないか……」
    彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
    それは、アイメディスが初めて他人のために出した涙だった。

    ……しばし、無常とも言える時が流れる。
    そして、
    「……助かる方法が、ないわけでもない」
    ぽつり、と、ブライが呟いた。
    「そ、それは、本当ですか!」
    はっ、と、リュカは顔を上げてブライを直視する。
    「アイメディスよ、命の石はまだ持っておるな」
    「あ、あぁ……」
    彼女は涙でぬれた顔を腕で拭ってから、青く輝く石をブライに差し出す。
    「まさか、それを使って、ロムを!?」
    「いや、さすがの命の石も、勇者の命の代用には使えぬ。そこまでの力はないからのぅ。このままではな……」
    ブライはそれを手に取ると、今度は自分の懐からあるものを取り出した。
    それは、虹色に輝く宝玉だった。
    「ブライ様、それは……」
    「賢者の石じゃよ」
    「け、賢者の石ですって! か、神が、作ったという、どんな奇跡をも起こせるという、伝説の……」
    「フィアよ、そんなたいそうなものではないよ。こいつの本当の使い道はのう」
    言いながら、ブライは小さく呪文を唱える。
    すると、命の石と賢者の石がまるで合わさり合うように融合を始めた。
    そして、二つの石は、一つのとあるオーブへと変化した。
    「これは、転生のオーブ、今からこの転生のオーブを使って、ロムを人間へと転生させるのじゃ」



    「ロ、ロムを、人間へと、転生?」
    ライオスは、今ひとつ言葉の意味を読み込めなかった。
    「そうじゃ。もともと、ロムに勇者の力は強すぎた。そのせいで、あやつは自分の肉体の限界に最後まで苦しんでいた。ならば、あやつから、勇者の力を取り除けば良い。その上で、人間へと転生すれば……」
    「そ、そういう方法があるのなら、先に言って下さいよ、ブライ様!」
    なんでもっと早く言わなかったんだ、とリュカはブライを責めた。だが、
    「……ロムから勇者の力を取り除く、ということは、もう二度と、彼を勇者として頼ることはできなくなる」
    ぽつり、と、アイメルが呟いた。
    「それだけではない。ロムが勇者としての力を失うということは、もう二度と、この世界に勇者は産まれなくなるということを意味するのじゃ」
    「え? で、でも、私も勇者の力を……」
    フィアは自分を指して反論するが、
    「フィアよ、確かに、お主にも勇者の力は芽生えた。じゃが、お主は長い勇者の歴史の中でも、唯一の例外。そして、お主の中に流れる勇者の血は、ロムに比べれば弱く、薄い。あくまでも勇者の本流はロムのみ。こう言い方は嫌いじゃが、今後、次世代の勇者が産まれるとするならば、それはロムの血を直接受け継ぐ子孫のみなのじゃ。おぬしや、フローラの子ではない。そして、ロムから勇者の力を消すということは……」
    「今後、勇者はこの世界に誕生しなくなる……」
    それは、絶望を意味していた。
    この世界は、勇者によって平和を保たれてきたのだ。
    その勇者が、二度と現れなくなる。
    百年後に、ゾーマが復活するというのに。
    「それでも、よいのか?」
    ブライは顔を上げて、全員の顔を見渡す。そして、驚いた。
    皆、最初から答えは決まっているという風な、迷いのない顔つきをしていた。
    「何を迷う必要がある」
    と、ライオス。
    「子供の未来をふいにしようとする親が、どこにいるか。なぁ、フローラ」
    「えぇ」
    寄り添い合って、二人は笑顔でうなずき合う。
    「ゾーマのことだって、きっと大丈夫よ!」
    フィアはえっへんと薄い胸を叩いた。
    「この世界は勇者によって守られてきたけど、今度は私達普通の人間達が、力を合わせて世界を守っていく番だわ!」
    「お、おぬしたち……」
    「ブライ様」
    倒れたロムを抱き起こして、アイメルは言った。
    「私達には、ロムが必要なんです。決して、勇者ロムではない。優しくて、少し頑固で、でも、そばにいると優しい気持ちになれる、そんなロムが、みんな大好きなんです」
    アイメルは、みんなと目を合わせる。そして、互いにうなずき合った。
    「ロムや、よい家族、よい友を持ったのぅ」
    ブライは満面の笑みを浮かべた。
    彼も、こうなることは予想していた。ただ、覚悟を説いたまでのことだった。
    そして、それは彼にとって、満­のいく返答だった。
    転生のオーブが、まばゆく輝き始める。
    その光がロムの全身を覆う。
    すると、彼の身体に同化していた、天空の剣が、鎧が、盾が、兜が、ゆっくりと主から離れていく。
    そして、光が完全に失せた時、ロムの身体には、再び赤々とした生気が色づいていた。
    ゆっくりと、彼は目を開ける。
    飛び込んだのは、仲間達の眩しいほどの笑顔と涙。
    ありがとう、ロムは、かすれる声で、確かにそう呟いたのだった。





    エピローグ




    物語は、ここで終わっている。
    最後に、この後、この登場人物達がどうなったのかだけ、簡潔に綴っておこう。


    リューゼンリッター・エルド・グランバニア
    フローラ・エルド・グランバニア

    リューゼンリッターこと、リュカは戦後、故郷のグランバニアに戻り、十年ぶりの玉座についた。
    だが、すぐに王位を娘のフィアに継がせると、本人は隠居。フローラと共にサラボナへと戻り、そこで穏やかだが平和な日々を送ったとされる。
    フローラは無事に女の子を出産。夫婦仲も円満で、その後の子宝に恵まれ、最終的には女児三人、男子二人を育て上げた。そのうちの一人に、のちにサラボナ共和国の初代大統領となるジャン・ロック・エルドがいたということも付け­しておく。


    フィア・エルド・グランバニア
    エンドールに留学中、突如として父リュカに召喚され、二十歳にしてグランバニア女王に即位した。フィアが王位についた頃のグランバニアは戦後の復興もあらかた終え、元の豊かな時代が到来しようとしていた時期でもあった。
    フィアの在位期間は歴代の中でも二番目に長い五十四年で、一度大きな内乱が勃発したことを除けば、治世は太平であり、後に優賢王の異名で呼ばれ、国民からの信頼も厚かったという。

    元エンドール皇子、エリオス
    エンドール帝国は戦後解体され、エンドール皇帝は光の教団の暗躍を許した罪により死罪を賜った。
    エリオス皇子も逮捕され、無期の禁固刑が裁判で言い渡されたが、後にエンドールが共和制に正式に移行したことにより恩赦。釈放される。
    その後の行方は不明。同時期にエリオス皇子と身体的特徴が類似しているとある冒険家が活躍しており、その正体は実はエリオス皇子だった、という逸話が残っている。


    アイメディス、アイメル、そして、ロミュラム・エルド・グランバニア。
    その三人はある時、忽然と歴史の表舞台から姿を消した。



    後世にまで語り継がれる英雄譚だけを残して。

    人はその物語を、反竜伝記と呼んだ。




    反竜伝記 完













     
    コメント
    完結おめでとうございます!
    まさかのゾーマ登場は完全に予想外の展開でした。
    それにしても、このエンディングの締め方は、なんか反竜伝記2が出そうな……いや、出ますよね!?
    いつまでも待っていますよ!!
    • 風水
    • 2015.06.18 Thursday 22:56
    コメントありがとうございます。
    反竜伝記2はありませんが、短編くらいはまた書きたいですね。
    ゾーマはちゃんとロムや仲間達に退治されますので、ご安心を(笑)
    • 藤枝たろ
    • 2015.06.21 Sunday 02:07
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