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    2014.11.16 Sunday

    反竜伝記 完結編 第二部 第40話 魔界へ

    1
    申し訳ない、もうちょっとだけ続くんぢゃ……






     次の日。
     ロムの部屋に、再びエリアが訪れていた。
     ただ、今日の彼女は昨日までの笑顔はない。思い詰めたような顔つきだ。まだ、エリオスのことで傷ついているようだった。
    「悩み事があるのなら、遠慮しなくていいんだよ」
     ロムも親友の妹の悩みとなれば人事ではない。
     エリアはぎゅっと拳を握りしめて、意を決して口を開いた。
    「お願いが、あるんですっ」


     それから、エリアは淡々と話し出した。
     城に帰ってきてからというもの、兄は人が変わったように冷たい人間になってしまった。
     優しかった兄の面影は、すでにどこにもない。いや、そもそも、彼は本当に私の兄なのだろうか。
    「君は、エリオスが偽者じゃないかと疑っているのかい?」
    「そうとしか、考えられないんです。あの優しかった兄が、まるで別人のよう」
    「……」
     確かに、あのエリオスはロムの知るエリオスではなかった。
    「まさか、僕の父さんの時みたいに」
     一瞬その可能性が頭に浮かんだが、すぐにそれはないだろうと思った。ホムンクルスは、あの一体だけだったはずだ。
     とすると、かつてラインハットであった時のように、魔物がエリオスに化けている可能性がある。
    「しかし、それを確かめる方法が……」
    「あります。一つだけ、兄が本物かどうか確かめる方法が」
     エリアはこくりと頷いて続けた。
    「ロムさんは、ラーの鏡という宝物をご存じですか」
    「ラーの鏡、そうか、その手があったか!」
     ロムはぱちんと指を鳴らした。
     ラーの鏡。誰が作ったかは定かではないが、写す物の真実を映し出すと言われている魔法の鏡だ。
    陰謀と策謀が渦巻いた事件において解決の糸口として登場することが多く、最近ではラインハットの偽大公の件が記憶に新しい。ロムも当時の話を関係者である父から聞かされていた。
    「そうか。ラーの鏡を使って、エリオスが本物かどうか確かめようっていうんだね」
    「はい。本当はこんなことはしたくないのですが、もし兄が偽者だった場合のことを考えると、私は」
     エリアは拳をぎゅっと握りしめる。
    「わかったよ。エリア。僕なら、ルラストルの呪文でラインハットまで飛ぶことができる。ラインハットへ行って、デール国王に交渉してみることにしよう」
     ロムはエリアの肩に手を置き、彼女を安心させるために力強くうなずいて見せた。
    「……ラインハット、か」
     ドアの隙間からのぞき見る者がいることなど、ロムには気づきようもなかった。



     シュンッ、と何もない空間にロムは姿を現した。
     長距離次元移動呪文ルラストル、この世界で使えるのは、自分を含む数名しかいないと聞く。
     どんなに距離が離れた場所でも一瞬で到達できる、文字通りのワープの呪文だ。
    ルーラとは違い、次元そのものを飛び越えることにより、たとえどんな強固な結界の中でも無視して移動することができる。だが、そのかわりに膨大な魔力を必要とするのだが、勇者として覚醒したロムにはとるに足らない問題だった。
    「ここは……」
     ロムは辺りを見回す。
     焼けた臭いが辺りに充満し、くすぶった火が、今も煙を黙々とあげている。
     破壊された町の光景がそこにはあった。
     そう、ここはラインハットの城下町。
     かつては栄華を誇った大陸最大の都も、エンドールとの戦いで荒れ果て、以前の面影はすでに残ってはいなかった。
    「ひどいな、これは」
     ロムは硝煙の臭いに目をしかめた。
     周囲を見回してみるが、人の姿はない。むろん、屍も。
     みな、どこかに避難しているのだろうか。
     ロムは城の方に目を向けた。
     幸い、ラインハット城は無傷だった。
     ラインハット軍は瀬戸際で敵の進軍をくい止めていたのだろう。
    「おい、そんなところで何をしている?」
     突然後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには中年のラインハットの兵士が立っていた。
    警戒しているのか、自分に向けて槍を構えている。
    「む、なんだ。ただの旅人か」
     ロムの身なりをみて旅人と判断したらしく、兵士は槍をおろした。
    「おまえさん、ラッキーだったな。あともう少しここに来るのが早かったら、エンドール軍との戦闘に巻き込まれていたところだったぞ」
    「そのようですね。あの、ここに住んでいる人たちは?」
    「あぁ、みな王宮に避難している。こんな時だからな、デール国王が民のために王宮を解放して下さったのだ。君も行ってみるといい、配給だが、簡単な食料なら支給してくれるはずだ」
    「ありがとう。いってみます」
     ロムは兵士に礼をいって、王宮へと急いだ。


    「おぉ、ロムよ。一足遅かったな。兄ヘンリーは今し方、エンドールへ向けて旅立ったところだ」
     デール国王はここ数ヶ月で何十年も歳を取ったかのような風貌になっていた。戦争での心労が祟ったのだろう。髪には白髪が目立ち始め、顔色も悪い。
    「陛下、実は今日ラインハットに詣った理由は、他でもありません。ラーの鏡を、陛下はご存じでしょうか」
    「ラーの鏡か、むろん、覚えておるぞ。忘れるわけがない。我が国を救った宝具じゃからな。しかし、いったいどうして」
    「実は……」
     ロムは簡単に理由を説明した。
    「……そうであったか。ラーの鏡は、あの後も神の塔に安置されていたのじゃが……残念ながら、先の戦で神の塔も砲撃を受けて崩落。おそらく、鏡も無事ではいまい」
    「そ、そんな」
     ロムはがくっと肩を落とした。
     なんてことだ。これでは、彼女との約束を果たすことが。
    「ロムよ、気を落とすのは早いぞ」
     その時だ。突然、どこからともなく声が聞こえた。
     その聞き覚えのある声にハッと振り向く。
     そこにいたのは、意外にもアイメディスだった。
    「き、きみは!」
     ロムはとっさに下がり、剣を抜こうとするが、
    「慌てるな、今日はお前と戦いにきたのではない」
     アイメディスは先に彼を諫めた。
    「むっ、その少女はアイメルか。じゃが、その身なりは」
    「陛下。ラーの鏡は、もともとはとある呪文が封じ込められていたアイテム、というのはご存じでしょうか」
     余計な詮索をさせないために、アイメディスは遮るように言葉を綴った。
    「その呪文とは、文字通りラーの呪文。古の魔法使いが編み出した、幻覚を打ち破る秘術です」
    「うむ、そのことなら聞いたことがあるぞ。じゃが、ラーの呪文を使えるものは、すでに無いと聞くが」
    「確かに。ですが、ラーの呪文の使い方を記した魔道書は、確かに存在します」
    「なんじゃと! し、して、それはいずこに」
     アイメディスはにやりと笑って、こう言った。
    「魔界に、ですわ」
     

    「アイメ、いや、アイメディス!」
     王との面会の後、一人で先に進んでいくアイメディスを、ロムは引き留めた。
    「どうして君が? いや、そもそも、魔界にあるとは、どういうことなんだ」
    「簡単なことだ。ラーの鏡は、魔界の魔術師ラーが作ったものだ。だから、そのオリジナルの魔道書が魔界にあるというのも、合点がいく話だろう?」
     そういって、アイメディスはふっと笑った。
    「アイメディス。なぜ、僕に協力してくれるんだ。このことは、君には関係ないことだろう」
    「関係ないこと、か」
     心なしか、寂しげに彼女は呟く。
    「エリアとは私も親しい。友人の頼みに協力するのが、そんなにおかしいか」
    「い、いや」
     ロムはまだ困惑していた。
     アイメディスのことが、よくわからない。
     彼女は敵なのか、それとも、味方なのか。
    「もちろん、必要以上にお前となれ合うつもりはない。お前と私は、あくまでも敵同士なのだからな」
    「……わかった」
     ロムはうなずく。確かに、今は彼女と戦う時ではない。
    「いい子だ」
     アイメディスはそう不敵に呟くと、手を差し伸べた。
    「……?」
    「察しが悪いな。私の呪文でお前を魔界に案内してやろうというのだ」
    「なんだって、そんなことが可能なのか」
     ロムは驚いた。彼も空間跳躍の呪文は使えるが、それはあくまでも人間界に限ってのことだ。
    「私の魔力をもってすれば、造作もないことよ。さぁ、私の手を取れ」
    「あ、あぁ」
     ロムは言われるがままに彼女の手に自分の手を置いた。
    「途中で手を離すなよ。次元の狭間に落ちて、永久にさまようことになるぞ」
    「わ、わかったよ」
     ロムはぎゅっと彼女の手を握りしめた。
     華奢で、冷たい手に、彼の胸は高鳴る。
    「では、いくぞ」
     アイメディスは短く呪文を唱えると、二人の姿は空気に溶けるように消えていった。


     時空を越え、ロムとアイメディスは魔界へと降り立った。
    「うっ」
     大地に降り立つなり、ロムはその淀んだ空気にむせ込んだ。
     ここが、魔界か。
     とても、薄暗い場所だった。暗く分厚い雲で太陽は見えず、絶えず雷が鳴り響いている。草木も生えず、どこまでも痩せた大地が広がっているだけ。
     それになにより、この空気だ。辺り一面に瘴気が充満している。
     魔界の瘴気は、地上の人間にとっては身体に毒だ。それは勇者であるロムにとっても同じ事だった。
    「どうだ、魔界に来た感想は」
    「地上とは大違いだ」
    「そうだろう。これが魔界。魔族が住まう地、いや、神によって閉じこめられた牢獄だ、ここは」
     アイメディスは目を細めて言った。
    「魔界では作物もろくに育たない。天変地異も珍しいことではないし、疫病だって流行っている。魔族が地上に出たがっている理由が、少しはわかっただろう?」
    「……」
     ロムは、何も言えなかった。
    「まぁ、いい。今は魔道書だったな。時間がない、とっとと取りにいかねば」
    「時間がない、とは?」
    「みろ」
     アイメディスは地面を指さした。
     そこには、光の線で紡がれた魔方陣があった。
    「この魔方陣は、いわば抜け道だ。人間界と、魔界とをつなぐ、な」
    「僕たちはここを通ってきたのか」
    「そうだ。だが、この魔方陣もいつまでも持つわけではない」
     アイメディスは空を見上げた。どす黒い空を。
    「もって、明日の日没まで。あと二十二時間というところだな」
    「二十二時間か……」
     こうして、ロムとアイメディスの、短い旅がはじまった。



     奇妙なものだ。
     暗く寒い荒野を歩きながら、ロムはそう心の中で呟いた。
     隣を黙々と歩くアイメディスに目を向ける。当然だが、その姿は彼がよく知る魔法使いの少女、アイメルそのものだった。
     違っているのは身にまとっている雰囲気だけだ。
     アイメルは控えめで、物腰柔らかな性格だったが、アイメディスはその正反対。目つきが鋭く、他人を寄せ付けようとしない野生の獣のような雰囲気を常にまとっている。  
     そんな彼女こそが、アイメルの真の姿だと知った時は、愕然としたものだ。
     彼女は敵だった。かつて、勇者と闘い、敗れた魔王の遺児なのだ。
     そんな彼女と、一度戦い、重傷まで負ったはず。なのに今、どういうことか、自分と彼女は協力してラーの魔道書を手に入れる旅をしている。
    「……なんだ。先ほどからじろじろと人の顔を見て」
     ぎろっと睨まれた。
    「い、いや、その」
     思わずどもりがちになる。
    「そ、そうだ。聞いてなかったけど、僕たちはいま、魔界のどの辺にいるんだい?」
    「そうだな、確か……」
     アイメディスは懐から地図を取り出した。それは魔界の世界地図だった。
    「え〜っと、確か、この辺だったはずだ」
     彼女は地図の右端の大地を指さした。
    「……で、ラーの魔道書のある場所は?」
    「え、えっと、それは」
     珍しく、アイメディスがどもる。
    「……もしかして、わからないの?」
    「うっ」
     図星を刺されたようだった。
    「う、うるさい! ラーは人嫌いで有名だったんだ! だから自分の工房の場所を、誰にも言わなかったんだ」
    「それじゃあ、探しようがないじゃないか」
    「ふんっ、心当たりならある」
     ぷいっと、アイメディスはそっぽを向いた。
    「ラーの手記を読んだことがある。やつは工房の詳しい場所は明記していなかったが、美しい入り江に工房を作った、とだけは書いてあった。淀んだ海の魔界で、美しい入り江がある場所といえば、数えるくらいしかない」
     アイメディスは地図を指さした。
     北のウィルメイスの入り江、西のコパルティスの入り江、そして、南のアスターテの入り江だった。
    「ここから一番近いのは、ウィルメイスの入り江だな。時間がないから飛んでいくぞ」
     アイメディスは短く呪文を唱えると、ふわっと体が浮き上がった。ルーラの応用呪文だ。
    「わ、わかったよ」
     ロムもそれに応じ、彼の身体もふわりと宙に舞い上がった。




     目当てのウィルメイスの入り江へ行くのに、二時間はかかった。
     だが、それは徒労に終わった。
     確かに綺麗な入り江だったが、ラーの工房らしき建物はどこにも見当たらなかった。
    「ちっ、無駄足だったか」
     アイメディスは舌打ちして砂浜の石を蹴った。
    「そんな、行儀の悪い」
    「ふんっ、ぐずぐずしている暇はないぞ。さっそく次に……」
     そう言おうとした時だ。
    「おい貴様ら、ここで何をしている!」
     突然の怒声に、ロム達ははっと身構えた。
     いつの間にか、二人は囲まれていた。
     数は十人ほど。武装した人間、否、魔族だった。
     なんということだ。一人一人が、人間とは比べものにならないほどの魔力を秘めている。
    「見かけない奴だな。ん? そっちのは、人間か!」
    「どうして人間が魔界に?」
     男達は警戒している。
    「こいつらは、どうやら現地の魔族のようだな」
    「ど、どうしよう」
    「ふん、魔族といえど、所詮は雑兵。私やお前の敵ではない。やるか?」
    「だ、だめだよ! いくらなんでも」
     慌ててロムは血気盛んなアイメディスを制止する。
     そんな時だ。
    「お待ちなさい」
     凜と通った高い声が響いた。
     振り向くと、長い黒髪の美女の姿があった。真っ黒な法衣に、身の丈ほどの大きな弓を背負っている。
     その目は鋭く、だが、どこか慈愛に満ちた目をしていた。
    「リ、リーシャ様」
     どうやら、美女は一同の中でも位の高い存在らしい。部下達は彼女に道を開けた。
    「部下の無礼をお詫びしますわ。地上から来た方々。私の名はリーシャ・カーマイン。『レティス』を率いている者です」
    「レティス……?」
     ロムは首をかしげた。初めて聞く名だった。
    「そうか。お前達はレティスの者達か」
     一人アイメディスだけが納得している。
    「ロム。レティスというのは、レジスタンスの名だ。反光の教団、いや、反イブール派といったほうがいいかな?」
    「え? それでは君たちは、魔族同士で対立しているというのか」
    「……どうやら、落ち着いて話し合う場が必要なようですね。よければ、私たちのアジトへ」
    「リーシャ様! 怪しい奴らをアジトに案内するなどと!」
     慌てて部下の一人が声を上げるが、
    「大丈夫です。彼らはイブールの手下ではない。目を見ればわかります。そう、あの方と同じ目をしている……」
     そう言って、リーシャはロムをまぶしげに見つめたのだった。


     
     つづく



      

     




      




    2018.09.29 Saturday

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      コメント
      最新話読みました。
      アイメディスはロムのことが好きなのが見え見えですね。

      個人的にはアイメルに戻って欲しいけど。

      これからもがんばってください。
      • 風上
      • 2014.11.22 Saturday 23:26
      感想ありがとうございます。
      アイメルはオリキャラなのですが人気があるようでほっとしています。出番の方はご期待に添えるようになるかと。

      これからも頑張ります。
      • 藤枝たろ
      • 2014.11.23 Sunday 02:39
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