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2012.04.06 Friday

反竜伝記 完結編 第30話 二人との出会い

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     意外な人物が登場します。果たして同姓同名の別人か否か??

      反竜伝記 完結編 第30話 二人との出会い


    「イブール様、イブール様……」
     暗く厳かで静寂な空間に、しゃがれた声が響く。
     男は、声の方向に振り返ることなく、一言「お前か」と呟いた。
     暗闇でその表情を窺い知ることはできないが、その身に包んでいる法衣は荘厳にして幽玄な雰囲気を漂わせている。曰く、只者ではない、と。
    「ロムがエンドールに侵入いたしました」
    「ほう」
     光の教団の教祖イブールは、その報告にさほど興味を示していなかった。
    「どのようにいたしましょう?」
    「捨ておけ」
    「よろしいのですか?」
    「取るに足らぬ存在だ」
    「お言葉ですが、過去に人間界を侵略しようとした魔王達は、すべて勇者を侮った故に破滅していったのです。しかも、ロムはおそらく歴代勇者の中ではもっとも高い潜在能力を秘めているはず」
    「ふ、なんとも実感のこもった言葉だな」
    「……」
     イブールに仕える黒ずくめの男は、突然出た皮肉に言葉を失う。
    「だが、皮肉なものだ」
     ふっ、とイブールは鼻で笑った。
    「いま、なんと」
    「その潜在能力のおかげで、自らの身体が耐えられなくなっているのだ。そんな者など、恐るるに足らん。いずれ、勝手に自滅するわ」
    「……なるほど」
    「そんなことより、あの方を迎えいれる準備は整っているのだろうな」
    「はっ。滞りなく」
    「そうか。我が覇道に正当性を与えるには、あの方のご協力が必要不可欠なのだ」
    「わかっております」
    「……ぬかるなよ。復活させてやったその肉体、無駄にすることは許さぬぞ」
    「はっ。肝に銘じて」
     頭を下げて、一歩下がる。そして、彼の姿は闇に溶けるように消えた。
    「よろしいのですか」
     そういったのは、イブールの側に仕えていた褐色肌の大男だった。主人より一回りも二回りも大きな巨躯を誇るその男は人間ではない。一つ目の巨人種ギガンデスであり、彼はその種族の中でも驚異的な肉体能力を秘めた存在であった。
    「ラマダか」
    「あのようなものを再び重用するとは」
    「ふふ、お前はやつにいい感情を抱いていないらしいな」
    「あの者は、腹の底が見えませぬ。もしかしたら、イブール様の地位を虎視眈々と狙っているやもしれませぬぞ。そんな奴に肉体を与えるなどと」
    「やつごとき飼えぬようでは、神にはなれぬよ。それに、あやつが何を企もうと、しょせんは我の手のひらの中。しれたことよ」
    「そうでございますか。時に、天空の勇者ですが、本当に捨て置くつもりですか」
    「やつより先に始末するべき人間が、少なくとも三人いる」
    「な、なんと。天空の勇者よりも、でありますか!」
     驚きのあまり、ラマダは一つ目を大きく見開いた。
    「そうだ。そして、そのうちの一人は、人間ではない」
    「そ、そんな者が本当にいるのですか」
    「いる。そして、その三人はエンドール帝国領のいずこかに潜伏しているはずなのだ」
    「こ、この国に!?」
    「本当に警戒しなければならないとしたら、その三人よ」
     ラマダは驚愕した。勇者よりも脅威となりうる存在など、彼の想像力では思い浮かべようがなかった。

     

    「はっ……はっ……はっ……くっ……!」
     暗く茂った森の中を、ロムは走っていた。
     なぜ走るのか。どこへ向かっているのか。彼にはわからない。ただ一つだけわかっているのは、この胸の焦りが尋常なものではないということだった。
     汗だくになりながらも、彼は走り、そして、たどり着いた。
     そこは、見るも無惨なほどに朽ち果てたグランバニアの城だった。
    「こ、これはっ……!?」
     愕然とするロムの視界に飛び込んできたもの、それは、
    「フィアッ!」
     最愛の妹の、冷たくなった姿だった。
     いや、彼女だけではない。
     いつも行動を共にしてきた仲間の、家族が、皆何者かに殺されていた。
    「ピエールッ! かあさんっ! ど、どうしてっ!?」
    「う、うぅっ……」
     その時、かすかだがうめき声が聞こえた。
     それは、壁に横たわり、うずくまっている男が出したものだった。
    「とうさんっ!」
     ロムは血まみれの父の元に駆け寄る。
    「ロ、ロム。は、はやく、逃げろ。勇者のお前でも、あいつには、あいつだけには」
    「あいつって誰なんだい!?」
    「うっ、ごほっ」
     リュカは次の瞬間、大量の血を吐いて絶命した。
    「と、とうさん! とうさんっ!!」
     ロムは父の身体を激しく揺さぶる。だが、二度とリュカが目覚めることはなかった。
    「くっ、だ、誰だ。誰が、こんなっ……」
     怒りに、拳が小刻みに震える。
     その時だ。突然、背後に凄まじい殺気を感じた。
     今まで感じたことのない、邪悪な気配を。
     ロムは、はっと振り向く。そこに立つ人影。
     それは、全身黒ずくめの鎧を身につけた騎士だった。フルフェイスの兜からは、その表情をうかがい知ることはできない。だが、その手に持つ血まみれた剣が、一連の惨劇を起こした張本人が彼だということを物語っていた。
    「おまえかっ! おまえがみんなをっ……!」
     ロムはためらわずに剣を抜く。そして、猛然と斬りかかった。
     だが、ロムの斬撃は空を斬った。切っ先が届く寸前、相手の身体が掻き消えたのだ。
     ハッと気づいた時、
     ロムは、己の胸に剣が生えていることに気づいた。
     背後から、彼の心臓を突き刺したのだ。
     急激に意識が消える中、ロムは聞いた。その聞き慣れた声を。
     彼女は、たむけの言葉をこう述べた。


    「うふふふふ、これが夢だと思わないことね。次も、殺すわ。あなたも、あなたの大事な家族もね。あは、あはは、あはははははははっ!!!!!!!!」

     

     

     

    「うわあああああっ!!!!!!」
     ロムは飛び起きた。
     起きて、慌てて胸に手を当てる。痛みはない。むろん、剣など刺さってはいない。
    「ゆ、夢か」
     夢だとわかって、ロムははぁっ、と深いため息をついた。
     まったく、なんという悪い夢をみたものか。おかげで全身汗だくだ。寝間着が汗を吸って気持ち悪いったらありゃしない。
     ……寝間着? 
    「あ、あれ。ここ、どこだ?」
     意識がまだ混乱している。
      そうだ。僕は、結界を破ったあたりで気を失ったんだ。
     しかも、その時はルーラの最中で……
     ロムはそれに気づいたとたん、背筋に寒気が走った。
    「まさか、ここは天国とか」
     口にしてから、自分でも馬鹿馬鹿しいと思った。だが、あの高さから落下しているというのに、怪我らしい怪我はしていない。
     それにしても、なんで僕は見知らぬベッドに寝ていたのだろうか?
     改めて、ロムは辺りを見回した。自分が寝ているベッドの他には、簡素な家具しか置いていないシンプルな部屋だ。どこか庶民じみた生活臭がにじみ出ていることから、おそらくここは誰かが住む民家の寝室に違いない。
    「おや、気がついたみたいですね」
     ふと扉が開いたかというと、一人の中年の男が顔を見せた。
     痩せ型で、申し訳程度に髭を生やした優男という風体だ。
    「よかった。一週間もずっと目を覚まさなかったから、どうしようかと思っていたところですよ」
     そういうと、男はにこにこしながら近づいてきた。
     どうやら、状況から察するに、自分は彼に助けられたようだ。
    「あ、あの、ここは」
     ロムはやや警戒しながら尋ねた。
    「ここは私の家です」
    「あ、いや、その」
    「おっと、説明が足りてなかったようですね。ここはですね……」
     男が言うには、ここはエンドール帝国から東に遠く離れた、エスガルドという森林地帯らしい。
     なるほど。そういえば窓から見える景色もうっそうとした森のそれだ。
     状況から察するに、どうやら自分は、この男に助けられたらしい。
     ロムが礼を言おうとした時、先に男が口を開いた。
    「しかし、あなたも無茶をしますねぇ。結界を強引に突き破るなんて。運良く木の枝に引っかかったからいいものの、へたすれば墜落死してましたよ」
    「な、なんでそのことを」
     ロムは驚いた。まるで見てみたような口振りだ。
    「自慢じゃありませんが、目はいい方なんですよ」
    「そ、それで、あなたは」
    「わたしですか? わたしはですねぇ」
     男はもったいぶったような口調で言った。
    「私の名前は、プサンといいます。職業は学者です」
    「プサンさん……」
     ロムはなぜか、その名前を知っているような気がした。
    「助けて頂き、ありがとうございます。僕は」
    「知っていますよ。ロミュラム・エルド・グランバニア王子ですよね」
    「どうして、僕の名前を? まさかあなたは」
    「あぁ、勘違いしないでください! これですよ、これ!」
     慌ててプサンは尻ポケットから一枚の紙切れを取り出した。
    「それって、手配書?」
    「そうですよ。エンドール帝国では、あなたはすでに指名手配されているのです」
     紙面に描かれたロムの顔は、それはまぁひどい顔をしていた。不気味につり上がった目に裂けた口。髪には角まで生えている。
    「ひどい顔だ」
    「まったくです。まぁ、でも、安心してください。私は何も、あなたをどうこうしようとか、これっぽっちも思っていませんからね」
    「ほ、本当ですか?」
     この男の飄々とした人柄が、いまいち信用できない。
    「本当ですって。第一、そのつもりなら、一週間もあなたにベッドを貸したりしませんよ」
    「すみません。助けてもらったのに、失礼なことをいってしまって」
    「無理もありませんよ。気にしないでください」
    「……そうだ! 僕のほかに、もう一人いませんでしたか!」
     ロムはエリオスのことを思い出した。
    「いや、残念ですが、私が発見したのはあなただけでしたよ。念のため辺りを捜索してみたのですが、結果はやはり」
    「そう、でしたか」
     ロムはがくりとうなだれた。無事でいるだろうか。
    「そうだ。お腹が減っていませんか?」
     聞かれて、ロムのお腹は反射的にぐぅと鳴った。
    「ははは。なにせ、一週間も寝ていたのですからね。待っててください。今消化のよいものを作ってきましょう」
    「あ、ありがとうございます」
     ロムは照れくさそうに笑いながら、礼を言った。


     プサンは暖かい茶豆のスープを持ってきてくれた。
    「そうですか。では、やはりあなたはグランバニアの……噂は本当でしたか」
    「うわさ、とは?」
    「天空の勇者がこの荒んだエンドールを救ってくれる、というものです」
    「そんな噂が……」
    「エンドール帝国、いや、光の教団はその噂が広まるとまずいと思ったのでしょう。だから、あなたを指名手配したのでしょうね。高い賞金までかけて」
    「エンドール帝国め」
    「おっと、勘違いしないでください。今でさえ世界征服などというおろかな覇道を進んでいるこの国ですが、光の教団が現れるまでは、それはよい国だったのです」
    「そうなんですか」
    「えぇ。今では見る影もありませんが、この国はグランバニアやラインハットとも交易していたのです。先代の皇帝が亡くなってからですよ。この国が光の教団を受け入れ、段々と歯車が狂っていったのは」
     現在の皇帝、つまり、エリオスの父親が即位してから、か。
     やはり、エンドール皇帝は光の教団に操られているのだろう。かつてのラインハットのように。
    「く、卑怯な奴らめ。やはり、ここに来て正解だった。諸悪の根元を立たない限り、世界に平和は訪れない」
    「ふふ、頼もしいですな。さすがは勇者、といったところですか」
    「い、いえ」
     誉められて、ロムは赤面した。
    「ですが、いま動くのは危険ですよ。見たところ、身体もだいぶ衰弱しているようですし、もう少し、ここで休んでいきなさい」
    「し、しかし、迷惑をかけるわけには」
     そんな時だ。
    「ただいまー」
     外から活気に溢れた少女の声がした。
    「おっと、帰ってきたな」
    「どなたですか」
    「私の娘ですよ。といっても、血は繋がっていない義理の娘なんですけどね。ちょうど今、日曜学校から帰ってきたみたいですね」
     どたばたと慌ただしい足音の後、女の子はひょっこりと顔を出した。
     プラチナブロンドの長い髪が特徴的な、まだあどけなさの残る少女だった。
    「あっ! よかった! 目が覚めたんだね」
    「こら、マナ。目上の人にはちゃんと敬語を使いなさい」
    「いいじゃん、別に。あ、あたしはマナ。歳は14よ。よろしくね、お兄ちゃん」
    「あ、あぁ、よろしく」
    「申し訳ありません。ロムさん。この子は男手一つで育てたせいか、どうも淑やかさに欠ける面がありまして」
    「あはははは……」
     どう返事を返せば良いか分からず、ロムはただただ苦笑するだけだった。
    「ねぇ、身体の方はだいじょうぶ?」
    「うん。この通り」
     そういってロムはベッドから立ち上がろうとしたが、足下がふらついてしまい、床に尻餅をついてしまった。
    「あー、まだだめじゃないっ。だめよ、お兄ちゃん。無理しちゃ」
    「ご、ごめん」
    「待ってて。今お父さん特製のとっておきの気付け薬を持ってくるから!」
     そういって、マナはばたばたと慌ただしく部屋を出て行った。
    「げ、元気のいい子ですね」
    「はぁ、あれでもう少し、落ち着きがあればいいんですけどねえ」
     プサンはやれやれと肩を落とした。


     
     ロムがプサンの家の世話になってから、三日が経過した。
     一時は衰弱していた彼の体も、普通に出歩けるようになるまで回復した。
     もちろん、指名手配の身なので、外に出ることは出来なかったが。
     ロムも今では完全に警戒心を解き、プサンとマナの親子と交流を深めていた。
     もともと人見知りしない子だったマナも、ロムのことを兄のように慕い、彼もまた第二の妹のように思い始めていた。


    「ねぇ、ロムお兄ちゃん」
     夕食後の団らんのひととき、マナが唐突に質問してきた。
    「ロムお兄ちゃんって、勇者なんだよね」
    「まぁ、一応ね」
    「勇者って、いったい何なの?」
     素朴な疑問、といった感じだった。
    「みんな勇者勇者っていうけど、あたし勇者って具体的に何なのかよくわからないのよね」
    「はぁ、嘆かわしいですねぇ。そんなこともわからないのですか」
     プサンがため息をつく。
    「だって、学校じゃ教えてくれないもん」
     ぷくうと、マナは頬をふくらませた。
    「仕方がない。それでは、天空学の学士であるこの私が、勇者のなんたるかを教えてしんぜましょう」
    「天空学?」
     ロムにとって、初めて聞く言葉だった。
    「おや、ロムさん。天空学をご存じでない?」
    「は、はぁ、すみません」
    「いえいえ、無理もありません。信仰が薄れて以来、最近ではマイナーな学問になりつつありますからなぁ」
     ごほん、とプサン。
    「天空学とは、その名の通り、天空に住まう天空人や神のことを学ぶ学問なのです。そしてこの私プサンはその天空学の権威、というわけなのですよ」
    「自称、だけどね」
     マナが茶々を入れる。
    「正直いうと、僕もあまり良くは知らないんだ。基本的なことしか」
    「おっと、それは困りものですね。では、いい機会ですから、学んでおくといいですよ」
     再び咳払いしてから、プサンは話始めた。
    「勇者のことを話す前に、だいぶ大昔の話をしなければなりません。そう、何万年の前、神話の時代まで遡ります」
    「そんなに昔から、勇者っていたの?」
    「いえいえ、さすがにその頃にはまだ勇者は誕生していませんよ」
     プサンは語り始めた。
    「おほん。数万年前の話です。その頃、人類は今よりももっと高度な文明を築いていたと聞きます。ですが、その古代文明はある日、突如出現した脅威により滅ぼされてしまいます。その脅威こそ、大魔王です」
    「大魔王……?」
    「残念ながら、名前まではわかっていません。ですが、強大なる闇の力を持った、恐るべき怪物です。やつと比べれば、あのデスピサロなど赤子のようなものでしょう」
    「デスピサロって、先代の勇者が仲間と力を合わせてやっとの思いで倒した魔王ですよね。それが、赤子扱いだなんて」
    「もちろん、神も大魔王の悪事を黙って見過ごしたりなどはしません。神と大魔王との戦いは、一年もの長きの間、休みなく続きました。そしてついに、神は大魔王を地中深く封じ込めることに成功したのです」
    「めでたしめでたし、ってわけね」
     マナが気楽に言ったが、プサンはとんでもない、と首を左右に振った。
    「マナ。なぜ古代文明が滅んだかわかりますか」
    「え? だって、大魔王が滅ぼしたんでしょ」
    「いいえ。神と大魔王が戦った結果、古代文明は滅んだのです」
    「え? え?」
     マナは何のことかわからず、目をぱちくりさせている。
     ただ一人、ロムだけがその言葉の意味をくみ取っていた。
    「ここに、旧世界の地図があります。といっても、私の独自の調査によるものなんですけどね」
     プサンは懐からその地図を取り出した。あろうことかそれは、現代の地図とは全く異なるものであった。それこそ、面影すら残っていないほどに。
    「神と大魔王。共に次元を越えた力を持つ者同士の戦いは、この世界の地形すら変えてしまうほどにすさまじいものだったのです」
     それを聞いて、さすがのマナも血の気が引いた。
    「おほん。さて、神は考えました。魔王は封じましたが、またいつ復活するかもわかりません。それに、次なる脅威が産まれる可能性だってある。だが、また自分が戦っては、再び世界を滅ぼしてしまいかねない。だから、神は生み出したのです。人間をベースに、神の力を移植した存在を。自分の代わりに、魔と戦う戦士。すなわち、勇者をね」
    「それが、勇者。そして、その勇者が、ロムお兄ちゃんなのね」
    「う、うん」
    「そんなに強いなら、一人でエンドール帝国を救ってくれるという噂も納得ね」
    「マナ。勇者というのはそれほど万能な存在ではないのですよ。勇者の力は、魔を払う力。すなわち、退魔、破邪の力です」
    「??」
     マナはまだ良く理解できていないようだ。きょとんとしている。
    「分かりやすくいうとですね。ライデインやギガデインといった勇者の呪文は、魔王には効果てきめんですが、普通の人間や怪物、兵器にはダメージは通らないのです。悪しき力そのものを絶つ呪文なのですからね。それ以外の能力、肉体的なものは普通の人間とそう大差はありません。歴代の勇者の中では、とてもひ弱な勇者だっていたほどなんですよ。とにかく、勇者というものは、そういう存在なのです」
    「そうなの?」
    「まぁ、そうなっているらしいよ。この世界の理ではね」
     ロムは曖昧に言葉を濁した。
    「なんだ。じゃあ、勇者っていっても大した存在ではないのね」
    「マナ。あなたは勇者をどのように想像していたのですか」
     あきれた顔でプサンは聞く。
    「もちろん、力も強ければ呪文もエキスパート。たった一人で魔王の軍勢と戦って平気で勝っちゃうようなスーパーヒーローよ」
    「そんな都合のいい人間なんているわけないよ。それこそ、神でなければね」
     ロムは苦笑しながら、マナの頭を撫でたのだった。

     

     

     

     


     ロムがプサンの家の世話になって、さらに数日が過ぎた。
     万全でないにしろ体力は回復し、すでに日常生活には何ら問題なく過ごせている。
     そろそろ、頃合いかもしれないな。ロムはそう思って、その日の夜にプサン達を居間に集めた。


    「え? でていくって、本当っ!」
     ロムの決断を聞いて、最初に驚きの声を上げたのはマナだった。
    「うん。体力もだいぶ回復したし、僕にはやらなきゃいけないこともあるからね」
     そういって、ロムは立ち上がった。同時に足下の道具袋を背負う。
    「だ、だめだよ! 今出て行くのは捕まりにいくようなものだよ! 指名手配されているんだよ!?」
    「しかし、いつまでもここにいては、君やプサンさんに迷惑がかかる。それに、いつまでも行動せずにいたら、手遅れになってしまうかもしれないんだ」
    「ふむ。確かに」
    「お父さん!」
     マナが父を睨み付ける。
    「冗談だよ、冗談。ロムさん。娘の言うとおり、今出て行くのは得策ではありませんよ」
    「し、しかし」
    「それに、あなたには会わせたい方もいるんです」
     それまでふざけ顔だったプサンの表情が、その時だけきりっと引き締まった。
    「それは、誰です」
    「えぇ、それは」
     プサンがその問いかけに答えようとしたとき、乱暴にドアを叩く音が続きを遮った。

     

    「憲兵隊だ。ここを開けろっ!」
     ドスのきいた声に、マナはびくっとする。
    「ちょ、ちょっと、なんて正反対なご都合主義なのよ」
    「落ち着きなさい。マナ。ロムさんがいることがばれたわけではないでしょう。定期的な見回りですよ。もっとも、状況がまずいことにはかわりませんが」
     ふむ、とプサンは数秒ほど思考を働かせた。

     

     家の外には四人の憲兵がいて、なかなか出てこない家主にしびれを切らしていた。
    「おい! いい加減出てこないか! さもないとこのドアをぶち破るぞ」
     リーダー格の、中年の男が苛立ちの声を張り上げた時だ。ようやく木製のドアが音を立てて開いた。
    「何のようですかな。乱暴な声を上げて、うちの娘が怖がっていますよ」
    「やっと出てきおったな。用というのは他でもない。貴様も、指名手配犯の男のことは知っているだろう」
    「あぁ、勇者様の」
    「ばかもん! やつはあろうことか勇者の名を語って、国家転覆を謀ろうとしているテロリストだ!」
    「なんとまぁ」
    (そういう設定になっているとは、手の込んだ作り話ですねぇ)
    「そのテロリストが、この近辺に潜伏しているのは間違いない。念のため、家の中をあらためさせてもらう」
    「はぁ」
    「いっておくが、素直に応じるのが身のためだぞ。それに、なにもおまえを怪しんでいるつもりではない。一軒一軒順番に回っているのだ。お前で丁度五件目だ」
    (本当でしょうかねぇ)
     プサンは何気なく、憲兵達の靴を見た。先日降った雨で、この辺の道はずいぶんとぬかるんでいるのだが、彼らの靴はあまり汚れていない。
    「まぁ、どうぞ。お好きなだけお調べなさいな」
    「ふん。いくぞ。お前達」
     男のすぐ後に、部下らしき若者二人が後に続く。
     プサンの興味は彼らにはなかった。彼が警戒したのは、一番最後に部屋に入っていった男に他ならない。先ほどの三人はエンドール帝国の軍服姿だったのに対し、そいつは黒いローブにフードを深くかぶり、素顔すら覗かせていない。

     

    「念のため、調べさせてもらうぞ」
     家に押し入るなり、憲兵は高圧的に言い放った。
    「ええ、どうぞどうぞ」
     怪しまれないために、あえてプサンも気前よく頷く。
     憲兵達は総出で家捜しを開始した。


     憲兵達がプサンの家を引っかき回し初めてから、小一時間が過ぎた。しかし、
    「うーん、隊長、探せど探せど勇者は見つかりません」
    「そ、そうか。困ったな」
     隊長格の男は首をかしげる。すでに探せる場所は全て探したのだが、ネズミ一匹見つけることもできないでいた。
    「と、とりあえず、今日のところはこれで引き上げるか。これ以上探しても時間の無駄だしな」
     ようやく諦めたようですね。プサンが内心ほっと胸をなで下ろした時だ。
    『愚か者どもめ。やはり人間に任せておくのが間違いだったか』
     先ほどから無言を貫き通していた黒ずくめの男が、ついに言葉を発した。それは明らかに人間の声色ではなかった。例えるなら、地の底から不気味に響く魔神の声のような、恐ろしいものだった。
    「ヒッ!」
     憲兵の一人の顔が、急に真っ青になる。男がフードを脱ぎ、その異形な頭部を露わにしたのだ。
     それは、大きな一つ目の化け物だった。
    「な、ななな、に、人間ではないっ!?」
     憲兵の隊長の声もさすがに震えていた。
    「ちょ、ちょっと、あなた、こいつの正体も知らなかったのですか?」
    「し、知らん! 俺もこの方は教団の使いとしか知らされていないのだ」
     プサンと隊長がこんなやりとりをしている間に、一つ目の化け物はその大きな眼を見開いた。
    『このわたしの眼をごまかすことはできんぞ。勇者は屋根裏に隠れている!』
     そう言うと、化け物は天井めがけて手を振りかざした。なんと、その手はゴムのように伸び、天井を破壊してその上に隠れていたロムの足を掴んだ。
     そのまま腕を収縮させ、ロムを地べたに引きずり下ろす。
    「ロムお兄ちゃん!」
     ロムと一緒に天井裏に隠れていたマナも顔を出す。
    「ゆ、勇者だ。ほ、本当に隠れていた」
    『ほら、隊長。はやく勇者を拘束するのだ』
    「し、しかし」
     隊長は動揺していた。この青年が、本当にこの国を脅かすテロリストなのか、と。これまで何百もの悪人を捕まえてきた隊長だけに、とてもじゃないが、この青年はそんな凶悪犯には見えなかった。
    『ええい、しょせんは人間というわけか。この役立たずめ!』
     それは、見捨ての言葉だった。
     一つ目の化け物はその手を手刀に見立て、ためらうことなく隊長の胸を切り裂いた。
    「なっ!?」
     真っ赤な鮮血がほとばしる。
     隊長は自分の身に何が起こったのかも理解できずに絶命した。
    「う、うわあああ!!」
     二名の部下が悲鳴を上げる。
    『どちらにせよ、この姿を見られてからは生かしてはおけぬ!』
     一つ目の化け物は、今度は二人の憲兵に斬りかかろうとした。だが、
    「そうは、させませんよ!」
     プサンが近くにあった花瓶を、思いっきり化け物の脳天に叩きつけた。
     拘束が弱まったのをロムは見過ごさなかった。とっさに化け物を蹴り飛ばす。
    「はやく逃げろ!」
     ロムは二人の憲兵に向かって叫んだ。
    「ひいいいい」
     憲兵達は一目散に逃げ出した。まさしく、命からがらといった感じで、もはや頭の中には勇者逮捕などなくなっていたに違いない。
    『ちい、だが、まぁいい。私の狙いはロム。貴様の命なのだからな』
    「お前も光の教団の、イブールの手先か!」
    『そうだ。わたしの名は邪眼鬼。この邪眼に見られたものは、何人たりとも逃げ延びることはできぬぞ』
    「悪いがこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」
     ロムはそういって勇者の力を解放した。どこからともなく、天空の剣と盾を召喚する。
    『なにっ!? き、きさま、どこから天空の装備を』
     今起こった現象に、邪眼鬼が動揺の色を見せる。
    「勉強不足ですねぇ」
     プサンは指で眼鏡を押さえながら言った。
    「天空の勇者は、一度装備した武具を召喚できるのですよ」
    「そうなんだ。すごいよ、ロムお兄ちゃん」
    (まぁ、試したのは今日が初めてなんだけどね)
     とは、おくびにも口に出さずに、ロムは頷いた。
    『ふ、ふふふ、だが、恐れるに足らず。貴様はまだ、天空の鎧を手に入れてはいないようだな。せっかくの天空の武具も、肝心の鎧がなければ真の力は発揮できまい』
    「くっ」
     悔しいが、邪眼鬼の言うとおりだった。天空の武具は剣、盾、兜、鎧四つ揃って初めて真の力を発揮できる。逆に言うと、鎧なき今、剣の攻撃力も盾の防御力も半減しているのだ。
    『天空の鎧の在処が知りたいか? 教えてやろう。我が神殿よ! つまり、お前は一生、勇者として真の覚醒を果たすことはできんということだ!』
    「なんてこった……」
     ロムはじり、と唇を噛む。
    『ラマダ様からはロムを捕らえよと命じられたが、このままお前を殺せば大手柄よ!』
     そう言って、じりじりと邪眼鬼はロムに詰め寄る。
     そして再びその手を手刀に見立てて斬りかかった。
     ロムはその一撃を盾で受け止めると、天空の剣を振るった。その斬撃は邪眼鬼の片腕を切断する。
    『ぐぎゃあああ』
     激痛に邪眼鬼はもだえ、苦しむ。
    『おのれぇっ! くらえっ!』
     怒りに狂った邪眼鬼は、その大きな目から怪光線を発した。間一髪ロムは横っ飛びでかわすが、怪光線はロムの背後にあった壁をやすやすと貫通していった。あれをまともに食らったらひとたまりもない。
     邪眼鬼はなおも立て続けに怪光線を放った。攻撃の雨にロムはたちまち防戦一方となってしまう。
    「くっ、このままでは」
     なんとか反撃に持ち込みたいが、邪眼鬼が放つ怪光線の速度はまさに一瞬で、攻撃の隙がない。
    『どうした。天空の勇者とは、所詮そんなものか?』
     不気味に笑いながら、邪眼鬼は特大の怪光線を放つべく、瞳をカッと見開いた。
     その時だ。
    「天空の盾を使うのです!」
     そう叫んだのは、プサンだった。
    「天空の盾の力を発揮させるのです! 早く」
    「よ、よし!」
     ロムはとっさに天空の盾を構えると、精神を集中し始めた。すると、盾がぼんやりと淡く光り始めた。
    『何をしようが無駄だ! 盾ごと貴様を貫いてくれるわっ!』
     邪眼鬼はフルパワーの怪光線を放った。だが、
    『なにぃっ!』
     驚愕の声を上げたのは邪眼鬼の方だった。彼の放ったビームは、天空の盾に真っ正面から弾かれて、放った本人の元へ逆流してきたのだ。
     皮肉にもフルパワーで放った怪光線は、そのまま本人の身体を貫いた。

     

     
    『こ、こんな、はず、では……』
     地面に倒れた邪眼鬼は、すでに虫の息であった。
     その敵を、息を切らしたロムが見下ろす。
    「ふぅ、危ないところでしたねぇ」
    「プサンさん。どうして、天空の盾のことを?」
    「おや、私は天空学の権威ですよ。天空の盾の力のことも、もちろん知っていました。あの盾は念じればマホカンタ、魔法反射の呪文と同様の効果を発揮するのです」
    「何にせよ、助かりました」
     ロムがプサンに礼を述べた。
    『ふふふふふ……』
     邪眼鬼は不敵に笑った。
    『さ、さすがだな、天空の勇者。わ、わたしはこれまでだ。だが、ただでは死なん』
     邪眼鬼は最後の力を振り絞って、上空めがけて怪光線を放った。
     その光線は天高く上り、最後は爆発を起こした。一瞬だが、夜が昼に見えるほどだった。
    『こ、これでここに、たちまちわたしの仲間が集まってくるだろう。どこに逃げても、むだ、だ、むっ、ぐふっ!』
     そう言い残し、邪眼鬼は絶命した。
    「これは……やっかいなことになりましたねぇ。家もめちゃくちゃですし、ここにいたら、大量の魔物が押し寄せてくることですし」
    「すみません、プサンさん」
     ロムは申し訳なさそうに頭を下げた。
    「僕さえここにこなければ、こんな面倒ごとにはならなかったはずなのに」
    「ははははは、そんなこと気にしないでください」
     プサンは全く気にせず、笑って許した。
    「そうだよ。ロムお兄ちゃん」
     いつの間に隣に駆け寄っていたマナも、頷く。
    「悪いのはやつらなんだからさ」
    「そうですとも。ともあれ、このままここに長居は危険ですね」
     プサンはしばし考え込むと、ぽんと手を打った。
    「ふむ、やはりここは、あの方の元へ急ぐのが得策でしょう」
    「さっき言った、僕に会わせたい人のことですか」
    「えぇ。きっと、あなたの力になってくれるはずです。どうしますか」
    「いきましょう」
     ロムは迷わず頷いた。どのみち、このエンドールの地では頼る人間がいないのだ。現地の味方は多いにこしたことはない。それに、プサンの推薦する人間なら、信用できる気がするのだ。
    「それなら、善は急げです。出発しましょう。勇者様」
     そういって、プサンはニッとウィンクした。



      つづく

    コメント
    うわああ!おそばせながら更新拝見しました!
    プサンが登場するとは…!次の展開楽しみにしております。ロムの夢の人はまさかあの人かな…なんて想像しながらおそるおそる…
    • あきら
    • 2012.07.03 Tuesday 01:39
    あきらさん、感想ありがとうございます!
    プサンは原作とはちょっと役割の違うキャラになる予定です。
    娘のほうは完全オリジナルキャラですね。どう絡んでくるかは、今後のお楽しみということで。
    • 花屋敷
    • 2012.07.08 Sunday 22:22
     こっ、更新してる! でも完結してない。orz

     う〜ん。前回のコメントから二年以上経過したから、もう完結してると思ったんだけどなぁ。

     もう、どんな話だったか忘れてしまったので読み返してきます。
    • 法螺貝
    • 2012.09.02 Sunday 17:43
    うぅ、申し訳ありません。

    まじでそろそろどうにかせにゃあかんですたい。
    • 花屋敷
    • 2012.09.19 Wednesday 14:31
    たろさんこんにちは!ツイッター等いつもお世話になってますー!

    私が最初にこの作品に出会ったのはブログ化する前で、まだ二人が結婚する前の、時の砂目指すあたりまでしか出来ていない時でした。
    それ以来随分長い間応援させて頂いてますけど、私も物書きなので、一つの連載作品を長く書いていくのって凄く難しいことだとしみじみ思います。
    私も途中で止まっている連載等ありますし…(遠い目)
    私の主フロ仲間の間ではたろさんの反竜伝記は「主フロのバイブル」とまで言われてるんですよ♪
    書籍にするお手伝いをしたいくらいですわ…!
    何章もあって、話も長くて、キャラも多くて大変だと思いますが、末永く見守っております。

    やる気が起きない時にはお気軽に声を掛けて下さいね!
    みのりさんたちとはよく語り合っているのですけれど、是非たろさんとも一緒にフローラトークをしてみたいです!
    • あきら
    • 2012.09.19 Wednesday 15:04
    うぅ、あきらさん、ありがとうございます!

    そういって頂けるだけで気持ちが軽くなりますよ。


    ぼくもあきらさんとフローラトークしたいです^ ^
    ぜひこんど誘ってくださいませ〜♪
    • 花屋敷(たろ)
    • 2012.09.20 Thursday 11:25
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