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2017.03.13 Monday

正竜伝記 第一章 トーラという名の少年 4

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     夜になっても、デボラの熱は下がらなかった。
     このままでは、命の危険もある、と駆けつけた老医師がルドマンに告げる。
    「そんな……」
     顔を真っ青にして、彼はがっくりとうなだれた。
    「ルドマン殿、気を確かに……」
     パパスはそのまま前のめりに倒れそうになるルドマンを慌てて支えた。
    「せっかく、せっかく私たちに子が出来たと思ったのに」
     ルドマンは力なく語った。自分の妻は、その昔流行病が原因で子供が産めない身体になってしまったのだ。
     だが、子供を諦めきれないルドマンは、世界中の孤児院を訪ね歩いた。そして見つけたのが、フローラとデボラという姉妹だった。
     儚げな白い百合のようなフローラと、勝ち気で情熱的な薔薇のようなデボラ。この二人は、他のどの子よりも眩しく輝いて見えたのだ。
     一目見て二人を気に入ったルドマンは、姉妹を養子に貰いたいと申し出た。
    孤児院には莫大な寄付もしたし、今後金銭的に支援を惜しまないことも約束した。そのおかげですんなりと手続きは済み、晴れて二人はルドマン一家の家族として迎え入れることとなった。
     もちろん、二人ともすぐにルドマンに懐いたわけではなかった。そのため、彼は姉妹が自分を受け入れてくれるまで辛抱強く待った。もし、フローラとデボラのどちらかでもNOと行ってきたら、この話はすっぱり諦めよう。そう決めていたのだ。
     そんなルドマンの懐の深さを知って心が揺れたのだろう。一年後、二人は養子の件を受け入れることにしたのだ。
     その時のルドマンは、誰が見ても幸せそうな笑顔で満ちあふれていたという。
     そんな、念願叶って手に入れた娘のうちの一人が、今夜にでも死んでしまうかもしれないのだ。
    「この病は、おそらく魔熱症でしょう」
    「魔熱症?」
     聞いたことのない病名だった。
    「簡単に言うと、魔力のとても強い子がかかりやすい病気です。いえ、病気というには適切な言葉ではありませんね。この子の持つ高い魔力が原因で、身体が悲鳴を上げているということなのですから」
    「どういうことですか?」
     今の説明だけでは、二人はちんぷんかんぷんだった。
    「そもそも魔力とは、誰もが持つ精神エネルギーです。我々はその魔力を肉体という器に収めています。それなりの魔力量ならば何ら問題はないのですが、ごくまれに、人間の平均値を上回る子がいるのです。そういう子は、優秀な魔法使いになる素質を秘めているのですが、そういう子が成人になる可能性は低いのです。なぜなら、肉体が大きすぎる魔力に耐えきれないからです。ようするに、キャパシティオーバーしてしまう、ということなのですよ」
    「せ、説明はわかった。で、この子を救う方法はあるのか、それともないのか!?」
     焦りのあまり、攻める口調でルドマンは医師に詰め寄る。
    「……なにぶん、この手の症状には例が少ないものですから……」
     医者が困り果てたその時だ。
    「方法ならあります」
     突然扉が開いた。現れたのは、フローラだった。
    「君は」
    「方法なら、あるんです。私もちょっと前に、同じ病気にかかったことがあるから」
    「なんだって」
     そうすると、この子もただならぬ魔力の持ち主ということになる。
     いや、今はそれはいい。それよりも、この子が魔熱症にかかったことがあるということは、無事に治癒したということにも繋がる。
    「フ、フローラ。説明しておくれ。その方法とは」
     すがるように、ルドマンが聞く。
    「わたしが魔熱症にかかった時、孤児院を経営している神父様が命がけで取ってきてくれた毒草があるんです」
    「ど、毒草!?」
    「はい。その毒草はマホトラ草といって、それを食べた者はたちどころに魔力を奪われてしまうという、本当なら、毒薬に使う薬草なんです」
    「そうか、わかったぞ」
     パパスはぴんときた。
    「健康な人間にはまさに毒でしかないマホトラ草だが、魔熱症の患者には、まさにうってつけの特効薬というわけだ。なにせ、魔力を吸い取る毒なんだからな」
    「はい。ですが、問題はマホトラ草の在処です。この草は、とても寒い地方の、深い洞窟にしか生えていないんです。神父様が取ってきたところへは、急いでも片道一週間はかかります」
     それでは、とてもじゃないがデボラの身がもたない。
    「マホトラ草のことなら、私も聞いたことがある。寒い地方での、洞窟でしか手に入らない草、か……」
     その時パパスは、とある人物のことを思い出した。
    「そうだ。わたしの村のサンタローズに、薬師が住んでいる。彼は薬師だから、いろんな薬草や毒草を保管しているはずだ。その中にもしかしたら、マホトラ草があるかもしれない」
    「おぉ、あのドワーフ族の生き残りですな。なるほど、彼ならば、あるいは」
     医師も頷く。
    「それに、もし薬師が持っていなかったとしても、サンタローズには深い洞窟があります。もしかしたら、そこでマホトラ草がとれるかもしれません」
    「つまり、チャンスは二度ある、というわけですな」
    「よし、ならばさっそく出かけねばならん。時は一刻を争う」
     そういうと、パパスは壁に立てかけていた己の剣を手に取った。
    「わしもいく。ここでじっとしてはおれん」
    「お気持ちはわかるが、あなたはご息女のお側にいたほうがいい」
    「しかし、見ず知らずの旅の方に、そこまで……」
    「私も子を持つ親だ。他人事ではない」
     パパスはそう言って、はにかんで見せた。
     そこまで言われると、もう何も言えなかった。
    「お願いしますぞ。パパス殿……」
     ルドマンはパパスの手を取ると、強く握りしめた。
    「では、私はさっそく」
     パパスが部屋を出て行こうとした時だ。
    「おとうさん、僕もいくよ。僕も何か手伝いたいんだ」
     トーラはそう申し出た。
    「トーラ。今回はここに残りなさい。急いでサンタローズまで帰らなければならないんだ。子供のおまえがいては、遅くなってしまう」
    「で、でも」
     言い淀んだその時だ。
    「そ、そうだ。ならば、これを使ってくだされ」
     何かを思いついたようで、ルドマンは自分のバッグから二つの銀色に輝く羽を取り出した。
    「こ、これは、キメラの翼ではないですか」
     さすがのパパスも驚きを隠せなかった。キメラの翼といえば、滅多にお目にかかれない貴重品だ。その価値は計り知れなく、大粒の宝石と同等か、それ以上とも言われている。
     雷に打たれて死んだキメラの翼には、不思議な力が宿る。使う者が一度訪れた場所に瞬く間に移動できるという、魔法の力が。
    「この翼なら、あなたと、もう二人くらいは瞬時にサンタローズまで運んでくれましょう」
    「いいのですか。これは、とても貴重なものです。それを二つも」
    「よいのです。娘の命には代えられません。それにこいつは、もしもの時のために長年使わずにとっておいたもの。今が、そのもしもの時なのです」
     ルドマンの決意のまなざしを見て、パパスはそれ以上何も言えなかった。


     パパスとトーラがキメラの翼を使うべく、屋外の開けた広場に出たそのときである。
    「お願いです、わたしも、いっしょにつれていってください」
     そう申し出てきたのは、ルドマンのもう一人の娘フローラだった。
    「けど」
    「わたしは、マホトラ草を見たことがあります」
     パパスが断りの返事をしてくるのを見通していたかのように、フローラは彼の言葉を遮った。
    「マホトラ草はとても珍しい草です。薬師の方も実物は目にしたことがないかもしれませんし、わたしも行ったほうが確実だと思うんですっ」
    「しかし」
    「お願いです! 姉さんは私が魔熱症にかかった時、神父様と一緒に、命がけでマホトラ草を取りにいってくれたんです。今度は、わたしの番ですっ」
     彼女の真剣なまなざしを見て、パパスはそれ以上何も言えなくなってしまった。
    「ひとつ、約束すること。決して、無茶はしない。私のそばを離れない。いいね」
    「……! はいっ」
     フローラは喜びと安堵が混ざったような笑顔を見せた。
    「よし、ではいくぞ!」
     パパスはキメラの翼を天高く放り投げた。
     翼はまばゆい煌めきを放ち、光は三人を包み込む。
     ふわっと身体が軽くなったかと思うと、パパス達はものすごい勢いで空の彼方へと吹っ飛んだ。
     

     

     

     

     

     

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