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    2016.06.23 Thursday

    反竜伝記 afterstory ACT7 失った力

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       最初に仕掛けたのは、ロムの方だった。
       漆黒の騎士の胸板めがけて、鋭い突きを放つ。
       隙の少ない、全く無駄のない一撃。
       だが、その攻撃も、漆黒の騎士は身をわずかにずらすという、最小限の動きで避ける。
       続けざまに、エリオスが切り込む。
       一度に二度切りつける、必殺の隼斬り。
       だが、それも漆黒の騎士は一度目の攻撃を剣で受け流し、二度目の攻撃も懐に忍ばせたナイフで受け止める。
      (なんてやつだ)
       敵ながら、驚嘆せずにはいられない。技量の高さは、完全に二人を上回っていた。
      「残念だ」
       今の一撃で二人のレベルを見切った漆黒の騎士は、失望を露わにして言った。
      「できれば、全盛期の天空の勇者と刃を交えてみたかった。さぞや強かっただろうに」
      「……! 馬鹿にして!」
       ロムは身を翻すと、一端剣を鞘に納める。そして、猛然と敵に向かって一直線に走り出した。
      「ロム! 無謀だっ!」
       エリオスが叫ぶが、ロムはかまわず突っ込む。
      「愚かな」
       漆黒の騎士は突撃してくるロムに狙いを定め、鋭く突きを繰り出す。
       だが、それよりも早く、彼は地面を蹴って飛び上がった。間一髪、攻撃をかわし、そのまま身体を強引に回転させる。そして、鞘に納めた剣を、円の動きの勢いに乗せて抜刀する……!
      「回転斬りッ……!?」
       これこそ、ロムが出した奥の手だった。繰り出された斬撃は漆黒の騎士の首を捕らえたかに思えた。
       だが、彼は剣を持つ方とは反対の拳を手刀に変えて、あろうことかロムの剣を弾き飛ばした。
       そして、がら空きになったロムの腹に蹴りを入れて吹っ飛ばした。
      「ばかなっ! あの攻撃を」
      「ふっ、この漆黒の騎士を、なめてもらってはこまる」
       言いながら、漆黒の騎士は剣を鞘に納め、かわりに背中に背負った大剣を両手に握る。
       それは、漆黒の騎士の名に恥じない、闇のように黒い魔剣だった。
      「覚悟はいいか。この破壊の剣に斬られたら最後。たちどころにその身は崩壊する。たとえかすり傷程度でもだ」
      「うっ……」
       それを聞いて、二人の顔から血の気が引く。
       一歩、一歩、威圧を込めて漆黒の騎士が迫る。
       いけない。気力で負けては。そう自分に言い聞かせるが、それでもロムの足はなすすべもなく後ろに下がってしまう。
       果たして避けれるか? いや、だめだ。すでに自分は漆黒の騎士の間合いに入ってしまっている。それならば、受け止めるか? あの重たい一撃を? 
       無理だ。天空の剣ならともかく、この鋼の剣など、バターのように真っ二つの切り裂かれてしまうだろう。
       ……だめだ。完全に万策尽きた。
       この時ロムは、死を覚悟した。
       同時に、どうせ死ぬのなら、セイン達のために、差し違えてもこの男だけは倒さなければという使命感に駆られる。
       それはエリオスも同じだったのか、二人は示し合わせるように頷き合った。
      「うおおおおおっ!」
       滅多に叫ばないロムが、腹の奥底から大声を張り上げた。
       もてる力のすべてを引き出して、それをぶつけてやる!
       二人は猛然と走り出した。
       ロムは無双刃、エリオスは燕返しで行く。今彼らが放てる最強の奥義を、同時に放って、倒す。たとえ、この身が露と消えようとも。
      「おろかなっ! 闇に滅せよ!」
       漆黒の騎士は二人ともども薙ぎ払うために、大降りに剣を振り上げる。
       互いの剣技が交差する、かに思えた。
       だが、

      「破ッ!」

       
       突然、声と共に放たれた気の波動が、両者の激突を妨げた。
       気の波動は、二人と一人の間を縫うように疾走する。そして、行き着いた先の塀に当たって爆発した。
      「何者っ!」
       漆黒の騎士が振り向く。
       そこには武道着を着た一人の少女の姿があった。
      「そこまでよ! ゾーマの手先。ここから先は、この武道家リーシャが相手になるわ!」
       そう言って、彼女は武道家特有の構えを取る。腰を低く落とし、片腕を前に突き立てる。
       そう。彼女こそセインの仲間であり、勇者ユーリアと共に大魔王と戦った武道家リーシャだった。
      「リ、リーシャ。ちぃっ、とんだ邪魔が入ったわ」
       舌打ちすると、漆黒の騎士は剣を納めた。
       勇者の力を失ったロムとエリオス、この二人は決して弱くはないが、所詮、自分の敵ではない。だが、リーシャとなれば話は別だ。この女は強い。負けはしないだろうが、こちらも無傷ではすむまい。それに、何より……
      「命拾いをしたな。だが、次に合う時が最後だ。その時こそ二人の首、もらい受ける。むろん、ユーリアもな」
       そう捨て台詞を吐いて、マントを覆うように身を被せる。すると、彼の姿は跡形もなく消えた。
       驚異が消えたとわかると、とたんに全身にどっと疲れが襲い、二人はその場に膝を折る。
      「大丈夫、あなた達?」
       構えを解いたリーシャが、ロム達に歩み寄った。
      「あぶなかったわね。みたところ、あいつの強さは私と同等か、それ以上だった。ただ者じゃないわね」
      「あ、あぁ、おかげさまで助かったよ。とんでもない奴だった」
       リーシャが手を差し出したので、二人はその手を取ってなんとか起きあがる。
      「申し遅れたけど、僕たちは」
      「知っているわ。あなたが、あのキメラの話していたこの世界の勇者でしょう?」
       ふぅん、とリーシャはロムの身体を頭から足まで見回す。
      「なるほど。勇者の力を失ったとは聞いているけど、それでも、かなりの技量の持ち主だってことはわかるわ。そちらの方もね」
      「すごいな。みただけでわかるのか」
       エリオスも感心する。向こうの世界の勇者の仲間だけあって、ただ者ではない。おそらく、近接戦闘では自分よりも一枚も二枚も上手だろう。
      「でも、あの漆黒の騎士にはてんで歯が立たなかった」
       ロムはため息をつきながら言う。
      「仕方がないわ。あいつのことはよく知らないけど、恐ろしい強さだってことはわかる。はぐれちゃったけど、私の仲間の戦士ルドガーに匹敵するくらい……そのくらいやばい相手だったってこと。私一人じゃ、勝てたかどうか。とにかく、退いてくれて助かったわ」
       そういって、リーシャはチャーミングにウインクする。
       なかなか気さくな性格の女の子のようだ。
      「そういえば、ユーリアやメッキーは?」
      「それが……」
       ロムは二人……それとアイメルとセイン……は先にルーラで逃げたことを話した。
      「刹那的な状況だったから、待ち合わせ場所も決めてなかったんだ。すまない」
      「あなたのせいじゃないわ。大丈夫。セインも一緒なら心配ないわ。きっと、安全が確保できたなら、あいつの方からコンタクトを取ってくるはずよ」
      「信頼しているんだね」
      「まぁね。あいつがクソジジィだったころからの付き合いだもの」
      「ク、クソジジィ?」
       ロムは困惑げに呟く。どうみてもセインは二十代後半くらいで、老人には見えない。
      「あら、知らないの。あいつ、賢者に転職する前は六十代のおじいちゃんだったのよ。それもすっごいスケベのね。よく私やユーリアのお尻をさわってたり……思い出すだけで腹が立ってきたわ」
       パンッ、とリーシャは平手に拳を叩きつける。
      「まぁ、今では賢者になった時に若返りの呪法を身につけたとかいって、あんな姿になっているけど」
      「はぁ、いろいろとスゴいんだな」
      「まぁね。おっと、いつまでもここにいるわけにもいかないわ。とりあえずここを離れましょう」
      「あぁ」
       それには二人も賛成だった。


       ロム、エリオス、そしてリーシャの三人は、ポートセルミを北へ向かった。
       とりあえず、北にある街ルラフェンへ向かうことにしたのだ。
       ルラフェンはこの地方ではポートセルミの次に大きな街だ。もしかしたら、メッキー達もそこにいるかもしれないと睨んでのことだった。
       海風が吹く草原を、三人は歩く。もう日は傾き、太陽が海の地平に半分隠れている。茜色の空には星が輝き始めていた。
      「今日はこの辺りで野宿だな。いろんなことがあって、さすがに疲れた」
       エリオスが言ったので、二人も頷く。
       適当に休めそうな場所を探して、薪を集めて火をつける。
       ロムは袋からパンと保存食の干し肉を取り出して、二人に振る舞った。
       食事の最中、ロム達とリーシャは互いのことを話し合った。
       それぞれの世界で起こった冒険の話。そのきっかけから、現在に至るまでを。
       ロムが驚いたのは、リーシャがいた世界では、何人もの勇者がいたということだ。ユーリアももちろん、彼女の父親オルテガも勇者だったし、そのオルテガの友人サイモンもそうだった。
      「勇者というのはね。自ら名乗るものではないの。功績を称えられた者。誰かを守って信頼を得た者。そして誰にも負けない強い精神を持つ者。それらを併せ持つ人を、私達の世界ではみんな勇者と呼んだわ」
      「勇気ある者、勇者か」
       ロムは納得げに頷いた。この世界での勇者とは、だいぶ意味合いが異なる。この世界での勇者の意味は、どちらかというと天空の武具を身に纏った、選ばれし者の側面が強い。
      「それだったら、父さんや母さん、フィアやエリオスだって勇者を名乗ってもいいな」
      「おいおい、それじゃ、勇者の大安売りじゃないか」
       と、エリオスは笑いながら言った。
      「本来、勇者とはそういう者なのかもしれないよ。いや、きっとこれからはそうなっていくさ」
       ロムの言っていることは希望的発言では決してなかった。この世界には、もう二度と天空の勇者が現れることはないのだ。
      「やっぱり、あなたはユーリアと似ているわ。同じ勇者だからかしらね」
      「もう過去形だよ。僕にはもう勇者としての力はない。残念だけどね」
       ロムは今更ながら自分自身のふがいなさを呪った。もう自分には天空の剣を振るうことも、あの聖なる雷の呪文すら満足に唱えることはできない。
      (もう一度、勇者の力を取り戻すことができれば)
       勇者の力を手放したことを、今更ながら後悔する時が来るとは思わなかった。
       もし、叶うのであれば、再び天空の勇者に戻りたい。たとえ、今度こそこの身が砕け散ろうとも構わない。
       だが、それは不可能だと、ロムは承知していた。


       翌日。
       まだ夜が明けてまもない早朝のこと。
       誰よりも朝早く起きたロムは、剣を手に、キャンプ地から少し離れたところにある川辺へと向かった。
       そこで顔を洗い、喉の渇きを潤す。
       それが済むと、彼は剣を構えた。
       精神を研ぎ澄ます。
      (今の僕には、剣の腕を磨くことしかできない)
       ひゅうと息を吸い、吐くと同時に鋭く剣を振るう。
       すさまじい斬撃だった。風圧で川の水面が割れるほどに。
       魔人一刀流の基礎、魔人斬り。今のがまさにそれであった。
      (だめだ)
       ロムは首を左右に振る。
      (父さんの魔人一刀流とは、くらべものにならないくらい弱い)
       そう、ロムも薄々気づいていた。
       自分の振るう剣は、父リュカと比べて、明らかに威力が劣る。
       それは、技の技量の問題ではない。
       ずばり、体格の差にあった。
       長身で屈強な肉体を持つリュカと、しなやかだが、決して筋肉質な体格をしてはいないロム。この体格の差は、そのまま魔人一刀流の威力の差となる。
      (僕では、魔人一刀流は使いこなせない……!)
       己の力の無さをロムは呪った。剣を地面に突き刺し、がくりとうなだれた。


       続く

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